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「信じる」ことについて

自動車も電車もない時代に、
関東の地から歩いて、
京都の親鸞さんの教えを、
求めてきた人たち・・

命をかけた旅をしてまで、
極楽へ参る方法を聞きたかったのです。

その人たちに親鸞さんは、こう言います。
「私は師の法然聖人の言葉を信じているだけで、
   ほかの方法などは知りません。
     もし騙されて地獄へ落ちても構わないんです」と。

これはひどい!!
誰でもそう思いますね。

でもよく考えてください。
「信じなさい」と説教するより、
信じてる「私」を見せることが大切ではないでしょうか?


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親鸞さんは迷っている人に、決断を迫ります。
信じる信じないは自分を捨ててこその話だと。。

明日も太陽が昇ることを信じる・・と言う人はいません。
解ってることを信じるとは言いません。
死をご縁にして浄土へ参らせていただくという教えを。。

その是非を証明することは出来ないのです。
騙されても構わない・・
それこそ親鸞さんの信心そのものでした。

(第388話)
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by bruckner72 | 2016-05-29 09:27 | Comments(0)  

女犯の夢告

親鸞が100日間の六角堂へ参拝をしたとき、
95日目の夜明け、
救世観音が顔かたちを整え、立派な僧の姿を現し、
こう告げたと言われています。

「そなたがこれまでの因縁によって、
 たとえ女犯があっても、私が肉体の交わりを受けよう。
 そして、臨終に極楽に生まれさせよう。
 これは私の誓願である。すべての人に説き聞かせなさい」



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僧侶は女性と交わってはならないと言われた時代です。
この夢告がきっかけとなり、
親鸞は後に肉食妻帯を決意したと言われています。

夢分析はフロイト、ユングなどが、
研究した心理分析の一つです。

無限なる意識からのメッセージを、
夢は教えてくれます。

(第387話)
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by bruckner72 | 2016-05-28 10:02 | Comments(0)  

業(カルマ)

業(カルマ)とは、
行為や所作を指します。

心に思うことは、
思業とか意業と言います。

業の報いを受ける時期に、
異なりがあります。

この世で受けるもの、
次の世で受けるもの、
次の次で受けるもの、
時期が定まらないもの。


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善因には善果、
悪因には悪果が、
因果の法則です。

人間の生きる営みは業です。
宿命論、偶然論ではありません。

(第386話)
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by bruckner72 | 2016-05-20 20:40 | Comments(0)  

無明とは?

無明とは?
悩みの根本原理である無明とは?

四諦を知らないこと(第383話)
縁起を知らないこと(第384話)
真理を知らないという無知。

ドストエフスキー「罪と罰」の主人公、
ラスコールニコフは極貧の中でこう考えます。


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「小さなひとつの犯罪でたくさんの命が救えるなら、
それは正義ではなかろうか?」と。

そして斧で金貸し老婆とその妹まで殺してしまうのです。
しかし彼は罪の重さに苦しみ始めます。

考えてみてください。
ラスコールニコフの無明とは何だったのか?

(第385話)
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by bruckner72 | 2016-05-18 18:25 | Comments(0)  

十二縁起

十二縁起とは十二因縁とも言います。
たとえば、
「老死」の原因はいろいろありますが、
それはやっぱり、人間として生まれてきたことですね。
釈尊は、そのように原因をたどって、
次の十二の縁起(原因と結果)を発見したと言われています。


老死⇒生⇒有⇒取⇒渇愛⇒
  受⇒触⇒六処⇒色⇒名⇒色⇒識⇒行⇒無明




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まず、私たちが存在している理由、
生存の条件は何であるかというと「有」であると説きます。

のある条件は取(執着)です。
そのが起こる根源は愛(渇愛・愛着)です。

愛は(苦受・楽受)によって起こり、
受は(触れる)から始まります。

触は六処眼・耳・鼻・舌・身・意)の感覚で、
六処がある条件とは明色です。

とは心の働きで精神のこと。
は肉体・身体のことです。
この明色の成立の根拠は識(意識)です。

の条件は行(行為・行動)で仏教で言う業(カルマ)です。
ではなぜ行を作りだすのかと云うと、
その根底に無明が見いだされるのです。


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依って十二縁起は人生の苦を、
無明とだと結論付けています。


では無明とは?






(第384話)
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by bruckner72 | 2016-05-14 16:57 | Comments(0)  

四諦とは?

四諦とは?
四つの真理です。

1)苦諦(くたい)

 人生の真相は苦であるという真理

 これは生・老・病・死の四苦に、
 ①愛する人と別れる苦しみ 
②恨み憎む人に会わなければならない苦しみ
 ③求めても得られない苦しみ 
④生きること自体が苦しみ
以上、人生の苦しみを証明している。

2)集諦(じったい)
 苦しみの原因は煩悩である、という真理
 
 煩悩とは、貪欲・瞋恚・愚痴の三毒を言います。
 煩悩の根底にある情緒的な欲望が渇愛
 知性的な欲望が無明です。

3)滅諦(めったい) 
 人生の苦を滅した境地が涅槃であるという真理
 
 煩悩から解放され、迷いが断ち切れた絶対安心で自由な悟界


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4)道諦(どうたい)
 苦を滅して涅槃を実現する道は八正道だという真理

 八正道とは? 正しい見解、正しい思索、正しい言葉、正しい行為
        正しい生活、正しい努力、正しい意識、正しい精神統一


例えば医師は、病状を知り、その原因を明らかにします。
そのうえで適切な手当てを施し、病を回復へと向かわせます。

釈尊はまさにこの名医と同じように、
迷いの原因を知り、治療法を与えるのです。

(第383話)
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by bruckner72 | 2016-05-13 22:00 | Comments(0)  

宗教的な縁起

宇宙。人生のすべてが、
時間的・空間的に相依相関の関係として、
存在することを知ること。

これが、哲学でも科学でもない、
人生の本質的な問題を解決する道です。


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縁起の道理に立って、
世の中や自分をかえりみる時、
何一つ、
無関係な存在ではないことに気づきます。

あなたがいないと、
何かが変わるでしょう。

(第382話)
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by bruckner72 | 2016-05-12 09:23 | Comments(0)  

悟りの世界

完全なる真理を、
真如・法性・一如・実相・一心・法界、
また単に理とも呼びます。

この理をそのまま仏と見たのが法性仏で、
宇宙の法性・真理・悟りそのものです。

法性物の智の活動面を見たのが報身仏(ほうじんぶつ)です。
阿弥陀仏とか大日如来とかです。

これらの仏が人間の形をとり現れたのが、
応身仏(応じん仏)で、
釈尊こそが応身仏にあたります。


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法性仏~報身仏~応身仏は、
「法報応の三身」といいますが、
あくまで法身を基盤として成り立っています。

これは「絶対の一」である真如が、
悟りそのものであることを意味しています。

(第381話)
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by bruckner72 | 2016-05-07 21:51 | Comments(0)  

迷い

これまで話してきました、
諸行無常は自明の理であり、
諸法無我は、真理であるにもかかわらず、
永遠不滅の実態があるかの如く、
執着をおこします。

これが迷いです。


砂漠で水を求める人のように、
求めてやまない愛欲や欲望を渇愛と言います。

渇愛は煩悩を生みます。
(煩悩とは自己を苦しめる性質の総称)


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具体的には、貪欲(むさぼり)・瞋恚(いかり)・愚痴(おろかさ)
以上が三毒と云う煩悩です。

この渇愛を対治して、愛欲を制伏すること・・
再び、煩悩に振り回されないような生き方に戻ること。

この安心が、涅槃寂静印です。

(第380話)
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by bruckner72 | 2016-05-06 21:55 | Comments(0)  

無我の意味と実践

仏教でいう無自性とは?

「私」という存在は、
実は固定した本体や性質が「有る」わけではなく、
「有る」という錯覚に捉われているのだ
そう説明されています。

もし私に、実体的な固定性があるとしたら、
他との関わりが持てなくなります。

つまり、すべてのものは他者との関係なくして、
生きていけませんから、
本来は無自性であり、無我でなければならない・・

そう仏陀は教えているんです。
(ちょっと難しいネ)


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しかし現実はどうでしょう?
私たちは「私」と「私のもの」に執着します。

これが苦悩の始まりです。
無自性ならば流されて行ける出来事も。
自我があるために、
捉われてしまうのです。

(第379話)
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by bruckner72 | 2016-05-06 11:02 | Comments(0)